リカレント教育ってなんぞや
やっぱり忙しいと記事書くの難しいですね。
最近は学生団体の方でプランの修正を行なっているので短いスキマ時間である移動中もずっとプランニングが溜まったメッセージへの返信をしてました。
腰を据えて記事をかける火曜日なのでした。
さて、徐々に(本当に徐々に笑) 昨日『武器としてのITスキル』という本を買いました。
なんか自分はいつも「俺って将来生き残れんのかな…」みたいな不安を抱いていて、「これからの社会を学ばなきゃ…!」みたいなモチベーションで読もうと思ったのですが、おそらくこの本は社会人向けの本です。
そう考えると、働きながら読書し、それを実践に起こせるような社会人がどれくらいかはいるということですね。(働きながら本読めるって本当にすごいと思います。1日12時間くらい仕事と学生団体の活動をすると、本を読む余裕や自分のことを棚卸する余裕もあんまりありませんので…)
しかしこういった人たちは本当に一握りじゃないでしょうか。
社会人の中でも毎月の読書量が1冊以下の人々は半数を超えます。
そんなことから、働きながら学び直すという難しさをひしひしと感じます。
ただ、「LIFE SHIFT」でも言われるように、スキルというものはすぐに価値が逓減していくものとなっていき、確実に学び直しが必要な世の中が来ると思います。
そんな中で、学校教育を終えた後からの学び直して社会に戻っていけるような教育の体制のことを「リカレント教育」と言います。
リカレント教育というものは、自分が今まさに不安になっている気持ちを解消してくれるものでもあり、そして自分が人生をかけてやっていきたいことだとも思います。
人々が自由になるための教育として広域をカバーしたいという想いで、なんとか自分のこれからの人生で作っていく事業ポートフォリオそのものが、リカレント教育にならないかということを考えていました。
実際的には、リカレント教育の中でも知識教育などはオンライン教育サービスなどが行うのかなと思っていて、本当の意味で全てをカバーする必要はないなと思います。
しかし、人が生涯学習していくために必要な力を定義して、そのどこを担うのか(Ikigaiみたいなフレームワークで考えます)を考えることで、自分なりのRoadmapが見えて来るのではないかと思い、議論して深めることを前提にまずは定義してみました。
自分なりに考えると、このような形になるのではないかと思いました。
まず、生涯学ぶという点で現役であり続けるという体力面が一番底にきます。
そして学びたいという意欲としての好奇心と、学んだものを処理する能力としての論理的思考力。
これらが学習における基盤なのではないかなと思います。
そして自分が何ができて、何をしたいのかというキャリアを明確にしていく。
それをアウトプットし続けるために、ビジネスというものを学ぶ。
ビジネスを学べばどのような分野が伸びて来るのか、これからの社会はどうなっていくのかという最先端(News)を学びます。
しかし、Newsが本質的で、これからの社会を揺るがしうるものなのかを知るために教養が必要です。今の社会の枠組みを多面的に見るために教養が必要になるのです。
でもなんだかんだ言っても、手に職つけるための学び直しが一番多いのかなと思っていて、ピラミッドの一番上の専門性だけを得ようとする人も多いんじゃないかなと思います。実際「労働者」としてはそうですよね。
でもそれってあんまり自由じゃないなぁ。
もっとあるべき教育の姿を見つめ直さないといけんなと思いました。
ちなみに、自分としてこれを考える過程でスポーツって結構体力と思考力を身につけるいい機会なんじゃないかなと思って、これからはスポーツを通した学習やコミュニティの形成ってのも来るんじゃないかなぁってところにちょっと意見が傾きました。