大学に行く意味ってなんだろう。

どうも、本日復学届けを出したこすけです。

復学するにも届け出が必要なんだってね。これで僕も休学(あるいは復学)マスターだなぁなんてことを思いながらも、今日のテーマは「大学に行く意味って何だろう??」 です。

 

「大学に行く意味って何だろう??」と思ったきっかけ

ここ一週間で何人かとお話しさせていただきました。

その中でも名古屋大学で起業されてる学生の方にお話しをしたときに聞かれたのが、「で、どうして休学してから学校に戻るの??」 という問い。

休学したら学校に戻るものだ と自分の中で勝手に答えを持っていたから、自分は意味のある答えが出せなかった。

 

別にその人は大学に意味がないって思ってたわけではないと思う。

ただ、経済的には裕福じゃなくて学費を払いながらバイト三昧の日々を過ごしてきたという背景があり、自己投資的な働き方をし始めると人生が変わったから「お金が無いまま大学生するくらいなら休学して一気に自立できる状態を作った方が良い」という一意見をくれただけだ。

 

僕はそこまで困窮してるわけでも無いのだ。バイトもあまりしてない。

ただ、時間も無い。今はすごく精神的には不衛生だ。

本当は突き詰めたら出来るのも分かるのだが、これ以上心を亡くせとでも言うのかと、弱々しい自分が反論する。ここいらは自分の問題でしかないが。

 

話を戻そう。少し刺々しい気持ちが溢れてしまった。そろそろ栗の季節だし仕方あるまい。

 

そんな風に大学に戻る意味を問われても答えられなかった僕が、今日会ったのが東京でやってた事業を大阪で展開しようとしてる人だ。

今年で22歳になるらしい。その人は中卒 と言っていたような気がするが、営業代理店での実績や、開発の受託の経験もあるみたいだ。

つまり自分でお金を稼ぐ力があるということだ。おそらく挑戦的な意思決定をとっても食いっぱぐれることはないだろう。

バイトでだって食いつなげるというのはそうだが、再起の確率は確実に低いよう思える。

 

おそらくその人は、成功者の部類に入るだろう。

きっとその人に すごいですね と言えば「誰にでも出来ますよ」とか言うかもしれない。

 

でも当たり前の基準が違うから、成功できるのだ。

気概と環境にさえ飛び込めばそんな道も進んでいけるんだろうし、そこに学歴なんかは関係ない。一度成功したら、成功する確率が高まっていくのが今の世の中なので、これからも成功者である確率は高いだろう。

 

しかし今の大学生は「大企業に入って働くのがベター」という当たり前の基準で動いている者が多そうだ。(社会構造として大学が、大企業に安定的に人を送り出すシステムと化していると誰かが言っていたが。)

 

だから今の道のりは大企業に入ったりして、誰かに乗っかって安定し(てるように見え)て暮らすには最適だろう。大企業で働く道のりが悪いとは思ってはない。

だけど僕には肥えた豚に見える。痩せたソクラテスでありたい なんてことも強く思えてないが。

 

さてここまでは、「大学は社会に出るためにあるものだ」と無思考で考えていたのだが、「大学に行かないで社会に出てる人の方が成功してる」ということを書いた。

 

では、大学に居ることで僕は何を得たのだろう。

そしてこれから何を得られるなら大学に居るべきだろうか。

 

大学で何を得たのか

僕が大学で得たのは

「先輩」「仲間」「彼女」「そこそこのブランド」「楽しい思い出」

とかだろうか。

 

まず最初の3つ。

これらは役割は多少違うが結論は「今の僕を形作ってくれた人」だ。

ここには多様性があった。最初に社会に出てしまっていたら方向性は絞られていただろう。

僕はキャリアに関心を持つ人間だから実際社会に出ていても困らなかったかもしれないが、いろんな人に出会えたから可能性が広がった人は多いだろうし、僕もそんな側面はある。

 

そして仲間の存在だ。チームメンバーのある人がマフィア思想について記事を書いてたが、この繋がりはこれからも実利的にも非実利的にも活きて来るだろう。

jackshima.hatenablog.com

それこそ官僚雀士との繋がりなんて貴重だ。(だから頑張ってな。笑)

 

彼女だって、多分大学生というある程度余暇を与えられた存在だからこそ色んな経験が出来たんじゃないかなと思う。俺は高校まで彼女が居なかったので知らんが。

 

そして、こんな人たちとの楽しい思い出。

やっぱり自由の効く大学生じゃないと出来ない側面もあった。遊びは友達とじゃなきゃね。

 

さて、そして最後のそこそこのブランド。

これ、どうなんだろう。「大学生として」キャリアを歩むならすごく役に立っている。しかし、最初に挙げた通り下積みさえ我慢すればある程度は伸びていける。

 

とりあえず、僕が得たのは人間関係と、そこで刻んだ思い出みたいだ。

 

そして、僕がこれから学びたいことを書く。

それは「社会で生き抜くための方法」「幸福とは何か」である。

めっちゃざっくりだ。まぁでも人が学ぶべきことなんて「どうやったら幸福に生きられるか」だけなんじゃないかなと思う。

 

これって大学で学べることなのか??

大学なら時間があるから という意見がある。それなら辞めてしまった方が時間が生まれる。稼ぎながら学べるならそれで良いだろう。

 

もちろん教育というティーチングには、自分の知らないし知ることのできないことを教えてくれる側面がある。何が大事な学びになるかなんて分からないから確率なんて気にしても仕方ない。

けど、もしつまらないな と感じる時間が多いなら本末転倒でもある。

 

だったら今のところは、大学 というコミュニティで出会える人々の多様性と有用性の中で生み出せれる刺激的な学び(思い出) に僕は賭けているらしい。

 

仮にその価値にコミュニティを最適化できるなら、そんな場所を作った方が有用なんだろうな。例えば僕の所属してる学生団体なんてそんな感じだ。(もちろん僕がそれ以外の価値基準を持ち合わせてないからそれを有用に感じるのだが。)

 

あと、大学で大事な要素は研究だろう。

だから理系学生は羨ましく見える。

けど、文系の研究ももしかしたら楽しく有意義なものかも知れない。

 

この半年(僕にとっての2年後期)で、

①大学で出会える人々のコミュニティは価値があるのか(それ以上に価値のあるコミュニティはないか)

②僕にとって有意義な研究活動はできるのか

などについて考えていこう。長ったらしくてすんません。